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・DOMOTO(旧KinKi Kids)が35年間所属したSTARTO・旧ジャニーズからついに独立
・独立に際し全楽曲の権利取得を諦めなかった―堂本剛ソロでの独立に比べ、グループの独立交渉は難航
・2025年7月22日に『DOMOTO』に改名/ 堂本光一は2025年春からSTARTO社と個人エージェント契約
・ DOMOTOが今後もずっと続いて、KinKi Kids時代からの名曲を歌ってほしい
KinKi Kidsから2025年7月22日に改名したDOMOTOが、デビュー29周年記念日の2026年7月21日をもって、STARTO ENTERTAINMENTとのグループ・エージェント契約を、期間満了として終了した。今後は堂本光一(47)と堂本剛(47)のそれぞれの個人事務所のもとで、DOMOTOを運営していくという。
光一もしくは剛の発言をファンがネットに書き込んだ情報によると、光一と剛は難航を極めた交渉の末、KinKi Kidsの全楽曲の権利を旧ジャニーズ事務所(正確には旧ジャニーズ事務所から改名したSMILE-UP.社と旧ジャニーズ時代からの関連音楽出版会社でジュリー氏が今も代表取締役会長でほぼ全株式を保有するブライト・ノート・ミュージック社)から、大金を払って買い取れた模様だ。おめでとうございます。
DOMOTO(旧KinKi Kids)が35年間所属したSTARTO・旧ジャニーズからついに独立
KinKi Kidsは、筆者が人生で初めてファンクラブというものに入った、思い出深いグループだ。
2人が旧ジャニーズ事務所入りしたのは、1991年5月5日に、当時中学1年(12歳)だった光一と小学6年生(12歳)だった剛が、光GENJIの横浜アリーナ公演に招待されて、そのまま事務所入所を勧誘され、親が承諾したことがきっかけだった。35年間所属した事務所から去ったのだ。なお、光一は個人では、STARTO社とのエージェント契約を続ける。
過去には、堂本光一と剛の関係がぎくしゃくして、互いのマネージャーを通じてしか話せない時期もあったようだが、2人の信頼・絆自体は維持されていて、2019年7月9日にジャニー喜多川・元ジャニーズ事務所社長が亡くなった後は、再び2人だけの会話が増えた印象があった。
剛に関しては、ジャニー氏死去により、少なくとも個人活動では、できるだけ旧ジャニーズ事務所から早く独立する意志を固めたと思われる。
剛は2002年よりソロでシンガーソングライターの活動をしていくうちに、事務所に強いられるアイドル活動への苦手意識を語るようになっていた。しかも、2017年に突発性難聴を患った際に、直ちに適切な治療を受けさせてもらえず、後遺症が残ってしまった恨みもあると思われた。
独立に際し全楽曲の権利取得を諦めなかった―堂本剛ソロでの独立に比べ、グループの独立交渉は難航
一般的に、事務所を辞めた歌手が、旧事務所時代の楽曲を使用したい場合、コンサートなどで歌いたいだけなら、作詞家作曲家の権利を管理する日本音楽著作権協会(JASRAC)などを通じて著作権使用料を支払い、原曲のカラオケやCDの音源を使用する場合はさらに原盤権を持つ元の事務所やレコード会社の許諾を得ればいい。アレンジを変えたいなら、作詞者・作曲者などの個別の許可も必要だ。
しかし、堂本剛のソロ活動も、KinKi Kidsのグループ活動も、旧ジャニーズ事務所からの独立に際して、すべての楽曲の権利を自分で保有したいという意志を貫いた。これは誰もが簡単に実現できるものではなく、大変だった。
具体的には、楽曲の権利の(全部または一部の)買い取り、というお金による解決になるが、当然、旧ジャニーズ事務所が権利を簡単に手放すはずがなかった。楽曲の権利は莫大な収益源で、STARTO社の現役タレントがKinKi Kidsの曲を歌い継いでいくことも当然視していただろうから、話し合いは難航して長い期間を要したし、譲渡金額も相当高額になったはずだ。
堂本剛の場合は、権利問題のクリアは、比較的容易だった。故・ジャニー喜多川氏が剛を特別扱いして、剛個人にシンガーソングライターとして作った楽曲の権利や商標権などを、保有させていたからだ。
堂本剛は個人では、2024年3月31日に、つまりSTARTO社が本格始動し始めた2024年4月10日の直前に、早々と独立することができた。独立後は、ソロアーティストとして音楽番組やその他のテレビ番組に出演する機会が、旧ジャニーズ時代よりも増えた印象だ。
しかし、KinKi Kidsの場合は、独立に際して光一と剛が熱望した権利問題の解決が、容易ではなかった。光一はこの3年間の間にたまに、権利問題の話し合いについて漏らすことがあった。先方と話しても、なかなか進展がない、とぼやいていたこともあった。
KinKi Kids時代の楽曲の原盤権は、旧ジャニーズ事務所から改名したSMILE-UP社と、旧ジャニーズ出版から改名したブライト・ノート・ミュージック社が共同で保有している。SMILE-UP社はブライト・ノート・ミュージック社に、段階的に全権利を譲渡していく過程にある。
現在のブライト・ノート・ミュージック社のトップの代表取締役社長は下川大介氏だが、藤島ジュリー景子氏が代表取締役会長を務めている。単なるお飾りの会長ではなく、会社の代表権を持っている会長だ。しかも、同社の株式のほぼ100%をジュリー氏が保有していて、実質的オーナーだ。
したがって、今もジュリー氏が同社の経営に深く関与していると察することができる。当然、楽曲の権利問題の話し合いについても、ジュリー氏の意向が強く反映されたはずだ。
こうして、楽曲の権利交渉は難航を極めたが、光一と剛は決して諦めず、2023年春のジャニー喜多川性加害問題表面化をきっかけとする旧ジャニーズ崩壊から、粘り強い話し合いを経て、ようやく約3年後に晴れて独立にこぎつけた。
2025年7月22日に『DOMOTO』に改名/ 堂本光一は2025年春からSTARTO社と個人エージェント契約
STARTO ENTERTAINMENTが2024年4月10日より本格始動し始め、KinKi Kidsはグループとして、STARTO社とグループ・エージェント契約を結んだが、その後も楽曲の権利を手にした上での独立を目指して、権利の問題の話し合いを続けた。
堂本光一は、自身の個人の契約内容についてSTARTO社と慎重な話し合いを続け、STARTO社本格始動から約1年後の2025年春に、ようやくSTARTO社と正式なエージェント契約を締結した。
KinKi Kidsは、デビュー28周年記念日の2025年7月21日の翌日の7月22日に、グループ名を「DOMOTO」に改名した。
これは、グループが独立したら、「KinKi Kids」というグループ名が使えなくなることを見越した判断だったこともある。また、英語のkinkyが性的に変態という意味合いもあることを、昔から2人は「俺ら変態」とネタにするほど気にしていて、2023年のジャニー喜多川性加害問題表面化後に、真剣にグループ名の改名を検討していたとみられる。
そして、DOMOTOはデビュー29年記念日の2026年7月21日をもって、STARTO社とのグループ・エージェント契約を、契約満了で終了した。
DOMOTOが今後もずっと続いて、KinKi Kids時代からの名曲を歌ってほしい
光一も剛もソロ活動がメインなので、DOMOTOとして熱心にプロモーションをして新規ファンを獲得することまでは、考えていないかもしれない。
もしかしたら、今後は豪華な東阪ドーム公演の開催も、なくなるかもしれない。(東京ドームを2日間借りてコンサート設営・移動ステージを含む付随費用を払うだけでも億円単位の費用がかかる)
それでも、ファンにとっては、2人が1年のうち1時期だけでも、コンサートやツアーで直接ファンに会ってくれて、KinKi Kids時代からの貴重な名曲を歌い続けてくれるのは、とても嬉しい。ずっと続いてほしい。
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